ハイデラバード藩王国とは
ハイデラバード藩王国は、かつてインド中南部に存在した、イギリス領インド最大かつ最も裕福な藩王国でした。
その歴史は1724年、ムガル帝国の地方長官であったカマルッディーン・ハーンが実権を握り、「ニザーム」(国家の整え手)の称号を名乗ったことに始まります。以来、アーサフ・ジャーヒー朝として7代にわたってこの地を治めました。
ハイデラバードといえば、やはりダイヤモンド。かの有名な「ホープダイヤモンド」もゴルコンダ鉱山から産出されたものといわれています。歴代ニザームは当時世界で最も裕福な人物の一人と数えられていました。
1798年にはイギリスと軍事保護条約を締結。外交・軍事権をイギリスに譲渡する代わりに国内の自治権を維持する「藩王国」となりました。1857年のインド大反乱ではイギリス側に協力したため、「忠実な同盟者」として高い信頼と儀礼的な特権を得ていました。
チャールミナール ― ハイデラバードの象徴
この金貨の表面に刻まれているのは、1591年に建造された「チャールミナール」(4つの塔)です。
当時流行していたペストの終息を祈願して建てられたといわれるこの門は、4つの巨大なアーチとミナレット(尖塔)が特徴。周囲には活気あるバザールが広がり、ハイデラバードの中心地として今もなお多くの人々を惹きつけています。
金貨のチャールミナールの中央には、ペルシャ文字の「アイン」が刻まれています。これは発行当時の君主ミール・ウスマーン・アリー・ハーンの名前の頭文字を表しています。
最後のニザーム ― ミール・ウスマーン・アリー・ハーン
この金貨を発行したのは、ハイデラバード藩王国第7代(最後の)ニザームであるミール・ウスマーン・アリー・ハーン(在位1911-1948年)です。
彼は「世界で最も裕福な人物」として1937年のタイム誌の表紙を飾ったこともある人物。その資産はイギリス王室をも凌ぐといわれていました。
1947年のインド独立時、ウスマーン・アリー・ハーンはインドにもパキスタンにも属さない「独立」を希望しましたが、1948年のポロ作戦によりハイデラバードはインド連邦へ併合されました。
ハイデラバード藩王国が独自通貨「オスマニア・シッカ」を発行できた最後の藩王国であったことも、この金貨の歴史的価値を高めています。
コインの仕様
| 発行国 | インド・ハイデラバード藩王国 |
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| 額面 | 1 アシュラフィ |
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| 発行年 | AH1344//15(西暦1926年) |
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| 君主 | ミール・ウスマーン・アリー・ハーン(第7代ニザーム) |
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| 素材 | 金(.910 / 約22金) |
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| 重量 | 11.178g |
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| 直径 | 25mm |
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| 製法 | 機械打ち(Milled) |
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| 造幣所 | ハイデラバード造幣局 |
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鑑定情報
本品はNGC(Numismatic Guaranty Company)によりMS64のグレードを取得しています。
NGCの登録データによると、MS64は6枚、MS65は2枚のみ。高グレード品は非常に希少です。
認定番号:6908298-006
デザインの見どころ
表面:ハイデラバードの象徴であるチャールミナール。アーチの中央には「アイン」の文字が刻まれています。
裏面:ニザームの称号とヒジュラ暦年・在位年がアラビア文字(ペルシャ書体)で刻まれています。
ミール・ウスマーン・アリー・ハーン時代の金貨は、ヨーロッパから導入された近代的な造幣機械で製造されており、手打ちコインと比べて非常に均一で美しい仕上がりが特徴です。
参考情報
Numista Rarity Index: 91(希少)
参考文献: Y#57a