ウェトラニオとは
ウェトラニオ(Vetranio)は、西暦350年に僅か約10ヶ月間だけローマ帝国の皇帝の座に就いた人物です。モエシア(現在のセルビア・ブルガリア付近)出身で、兵士から叩き上げで軍の最高位「マギステル・ミリトゥム」(軍司令官)にまで上り詰めた人物でした。
350年1月、西方正帝コンスタンス帝が簒奪者マグネンティウスに暗殺されると、東方正帝コンスタンティウス2世の姉コンスタンティアの後押しを受け、イリュリクムの兵士たちによって皇帝に推戴されました。これはマグネンティウスの脅威に対する「緩衝役」としての役割でした。
平和的な退位
ウェトラニオの治世は350年12月25日に幕を閉じます。ナイッスス(現在のセルビア・ニシュ)において、コンスタンティウス2世に対して自ら退位するという、ローマ帝国の歴史においても極めて珍しい「平和的な退位」を行いました。
退位後のウェトラニオは処刑されることなく、ビテュニア(現在のトルコ北西部)の荘園で残りの6年間を穏やかに過ごしたとされています。廃位されたローマ皇帝が平穏な余生を送ることは非常に稀であり、このこと自体がウェトラニオの特異な立場を物語っています。
「HOC SIGNO VICTOR ERIS」の意味
本品の裏面には「HOC SIGNO VICTOR ERIS」(この印のもとに汝は勝利者となる)というラテン語の銘文が刻まれています。
この言葉は、西暦312年のミルウィウス橋の戦いの前夜、コンスタンティヌス大帝(コンスタンティヌス1世)が見たとされる幻視に由来します。天にキリスト教の象徴であるキリスト・モノグラム(Chi-Rho / カイ・ロー記号)が現れ、「この印のもとに汝は征服するだろう」という言葉を聞いたとされています。
ウェトラニオがこの銘文を自身の貨幣に刻んだのは、コンスタンティヌス王朝との結びつきとキリスト教への忠誠を示すためでした。
デザインの解説
表面(オブバース)
月桂冠を戴いたウェトラニオの右向き肖像が描かれています。ローマ皇帝の威厳を表す伝統的な表現です。
裏面(リバース)
中央にラバルム(キリスト教の旗印)を持って立つ皇帝(ウェトラニオ)が描かれ、両脇にはウィクトリア(勝利の女神)が立っています。勝利の女神が皇帝に冠を授ける図像は、神の加護のもとでの勝利を象徴しています。
ビロン貨とケンテニオナリス
「BI」はビロン(Billon)を意味し、銀と銅の合金です。本品には「silvering(銀引き)」が施されており、もともとは銀色に輝いていたことがわかります。表面に残る銀引きの痕跡は、1,670年以上前のオリジナルの処理が残存していることを示しています。
ケンテニオナリス(Centenionalis)は、4世紀のローマ帝国で広く流通した中型のブロンズ(ビロン)貨幣です。
コインの仕様
| 発行国 | ローマ帝国 |
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| 皇帝 | ウェトラニオ(在位 AD 350年) |
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| 額面 | ケンテニオナリス |
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| 発行年 | AD 350年 |
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| 造幣所 | シスキア(現クロアチア・シサク) |
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| 素材 | ビロン(銀銅合金)/ 銀引き |
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| 重量 | 5.83g |
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| 裏面銘文 | HOC SIGNO VICTOR ERIS |
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鑑定情報
本品はNGC Ancients(NGC古代コイン部門)によりMSグレード、Strike(打刻)5/5、Surface(表面)5/5という最高評価を取得しています。
Strike 5/5はコインの打刻が完全であることを、Surface 5/5は表面の保存状態が最高であることを示します。両方で5/5を獲得した個体は極めて稀です。さらに「silvering」の注記があり、オリジナルの銀引きが残存していることも評価されています。
認定番号:8584337-001
コレクターズノート
ウェトラニオの治世は僅か10ヶ月間であり、その貨幣は発行期間の短さから希少とされています。特にブロンズ貨は珍しく、銀貨は稀、金貨は極めて稀とされています。
本品はNGC MS 5/5 5/5という最高グレードで鑑定された、約1,670年前の貨幣です。コンスタンティヌス大帝の有名な幻視を想起させる銘文は、キリスト教とローマ帝国の関係を物語る歴史的証拠でもあります。